周防阿弥陀寺


              大平山

50年前に幾度か背後の大平山へ登ったのはたしかこの道からではなかったか
●さて紫陽花の季節も過ぎたので阿弥陀寺へはまた来ることにして次の旅へ参りましょう。先日出羽、庄内方面へ行ってきました。急に旅立つことになったのは、家内が黒川能を見たいと言うので調べると7月15日に羽黒山神社の花まつりで奉納されるとわかったからです。//絵師 到

                見返り

仁王門をくぐって参道を上りながら振り返ってみました あの
●美しい門をもう一度見たいと思うのは自然なことのようです。世間には写真が沢山あるし、今回小生だって何枚も絵に描きましたけど。けど、なにか?と仰いますか。ほら先に申しましたでしょ、力が入り過ぎてしまったというわけです。仏様の絵も沢山あるのです・・・けど。//絵師 到
                旧道

阿弥陀寺の美しい石段の道に沿うようにもう一本道がありまして
●こちらはご覧のようながたがた道でとても歩きにくい。日ごろ山歩きなどしていない者は手を広げてバランスをとりながら降りるような塩梅で、特に梅雨時期は気をつけねばなりません。昔の道をそのまま残しているのだろうと歩いてみると、なかなかの風情なんですこれが。//絵師 到

   
          重源上人

阿弥陀寺をつくった重源上人は東大寺再建のための木をこの近くの山から伐り出して
●佐波川に堰を作って瀬戸内海へ流したそうです。その材木を奈良へ運んで東大寺にしたのですか。我々の先輩たちはなんと凄いことをやったのでしょう。佐波の里山整備をしているノグチサンが連れて行ってくれた佐波川上流で重源上人の像を見たので1枚描きました。//絵師 到
   
        優勝おめでとう

なでしこ優勝 あめでとう こんなことってあるんだなあ
●しばらくの休み、失礼しました。もうすこし紫陽花の阿弥陀寺散歩をつづけましょう。今日は念仏堂です。結構な雨ですがそれもここでは仏様が姿を変えたようで嬉しく感じるからねえ。ユウサンの自然学14「上高地のケショウヤナギ」届きました。ご希望あれば転送します。//絵師 到
   
     三賢人(右からノグチ、アケヤマ、カゲヤマさん)

数年前に会社の同期会を防府で開催したときのスナップです
●宴会の翌日、観光とゴルフに別れたのでしたか。前夜の盛大な葷も酒も抜けて、まさに清遊ですな。さて私どもは明日から羽黒山あたりへ吟行しようと思っておりまして、この展覧会は3,4日休館します。黒川能のことなどはまたご報告します。いつも勝手で申し訳ありません。//絵師 到
   
         二つ目の理由

絵に力が入るワケ:お人柄に甘えて最近絵を送り始めた方が美術史の専門家で
●東大名誉教授 美術専門誌主幹 美術館長さんなの。自然に力が入るうえに小生は自分にプレッシャーをかけるのが好きなもので「よし頑張るぞ」となっております。緊張しながら肩に力が入らないコツを得たいのだけど。そこでこの絵は頑張って楽そうに描いてみたのね。//絵師 到
   
            勝負時

視力が弱ると力が入る:最近は絵を描いたあとで散歩しても景色がぼやけてよく見えない
●そうかもう時間がないのだな、ならば今年が勝負なんだと思うとつい絵に力が入りすぎてしまうのです。これまでと違う絵を描かなくちゃ、って思うのです。反省はしてるのですよ、してるんだけどね。ユウサンの自然学13「浅間山大噴火の災害考」届く。ご希望次第転送します。//絵師 到
   
      なでしこ勝った!/鐘楼

いままでサッカーを見ていました どきどきしたぁ さて小生も頑張ろう
●境内の奥の方にある鐘楼です。前に杉の木が一本あるのは先日画面の真ん中に描きました、あの木です。その横にも仏様。そして広場を囲む紫陽花。このところちょっと余分なほど絵に気合いが入っているでしょ。それには理由が二つあり、その一つは視力の問題で。//絵師 到
   
         仏像の見方

仁王門につづく仏様が左右に坐る長く美しい石段をあがるとちいさな門がありまして
●門のわきにたつ木が昨日お届けした絵です。もう少し近づいてみますね。蓮の蕾を持って片膝を立て頬杖をつく優しい仏様はよく見かけます、観音様かしら。たしか「仏像の見方」というたぐいの本を2冊は持っているずなんですが、小生の記憶遺産は急の役に立ちません。//絵師 到
   
           洞の仏

阿弥陀寺にはどれほどの石仏がいるのかないったい
●いや一体じゃなく、全体でもなく、そういったいぜんたいですな。目をやるところどこにでも坐っておいでます。それにしても昨日はやり過ぎた。2時に飲み始めて帰宅が11時半だった。酔った友人を送って行って駅で別れたが大丈夫だったかな。まいっか、どうなったって。//絵師 到
            煙る阿弥陀寺

この時期にはいつも三浦洸一が歌う「踊子」を思い出しましてねW赤い袖に白い雨W
●阿弥陀寺では激しい雨で気をつけて階段を上らねばなりません。それでも紫陽花があればいいって気分になるのですよねえ。ところでフジイサンから「タイ通信」が届きました。タクシン派はなぜ勝った、一読讃嘆、ご一報次第転送。今日は午から会社同期会の飲み講です。//絵師 到
               三つの話題

坐禅なんて偉そうにいってもいまは毎月「在家仏教」誌を購読するだけの仏教徒ですが
●@在家仏教協会が読者拡大運動の期間なので見本誌を送ってくれます。読んでみようという方は小生宛に住所ご連絡くださいA東大寺管長の講演会思い出を当時の工場事務部長が送ってくれました。ご希望次第転送Bユウサンの自然学12信濃川源流考、転送します。//絵師 到
              先生

君がいた会社は阿弥陀寺と特別なご縁かと訊かれました はい阿弥陀寺だけではありません
●なにしろ創業者が加藤辨三郎さんですから。憧れの人の光を満身に受けたので、小生までが初心者向けの短期研修とはいえ鎌倉の円覚寺で坐禅するようになりました、7年間も毎年。小生の絵に仏教の影響が見えるはずですが、そう思いませんか。いいえ思いなさい。//絵師 到
   
          管長猊下

工場の人たちが考えた策は東大寺管長の講演会を開催することでした
●そこで全てを手作りし経費は自分持ちで働いたのです。秋に小生が訪れると鉄砲水がえぐった境内の深い傷は岩を組んだ美しい紅葉の谷に作りかえられていました。このmailを送っている方にはこのとき大いに働いた方々がおいでです、詳しい話を聞かせてくださいな。//絵師 到
              鉄砲水

何年前になるか大平山から鉄砲水が阿弥陀寺を襲い境内の真ん中を駆け抜けたのです
●翌朝心配して集まった人々はあの大事な大事な仁王門を水がさけて流れたことを知りました。神仏のご加護を信じたと家内に電話で知らせる写真家のヤマシタサンが言った。それからの防府市民の動きは様々だが、その一つ協和発酵防府工場の人々がとった支援策・・・//絵師 到
              恩返し

50年前に月に想いを反射させた本人から「雨夜の月見」は懐かしいと
●この人は2か月前に「佐波の里山」グループで阿弥陀寺の藪を整備したそうです。参道も明るくなり住職さんが喜んでおられたとのこと。素晴らしいことです。その様子はガンサンのブログで見ることにしよう。防府の人がこのお寺に寄せる思いは大変なもので、実はあるとき。//絵師 到
   
            風流なj客

阿弥陀寺で茶会を催す変わった亭主とは違い 客のなかには風流な人がいまして
●雨が止んで出た煌々たる中秋の月に向けて気持ちを送ったのです。月に反射させて東京に居るひとに届かせようとしたの。ちょうど50年前の宇宙通信です。結果ですか?はい理想的なご夫妻でいまも防府においでます。あ、これは内緒の話でしたかね。だったらごめん。//絵師 到
               1962年

阿弥陀寺の思い出は入社して防府工場に配属された1962年 中秋の名月に始まる
●名月の阿弥陀寺本堂を借りてお茶会を催したのです。小生が亭主でお客は同期の人が7,8人でした。そのころお茶に凝っていましてね。はじめは雨だったのですが途中から煌々たる月が出て、無月の茶会と名月の茶会を楽しめたのよね。ちょい変わった新入社員でしたな。//絵師 到
             周防阿弥陀寺

 信州にユウサン周防にガンサン しばらくは安曇野と阿弥陀寺の並走といきますか
●ガンサンはねえ「佐波の里山」を整備する一人で活動状況をブログで見事にレポートしてくれています。検索して下さい、小生は見るたびにえらいなあと思うんだ。詳しく分けいれば小生の絵もシリーズ毎に工夫されて出てきます。阿弥陀寺については追々に述べますね。//絵師 到
inserted by FC2 system